第228回大阪中之島公会堂仏滅会報告

小澤 聰

今回の仏滅会は久方ぶりに、中之島の中央公会堂。近代建築の建ち並ぶ界隈は、ホームズがそぞろ歩いていても不思議ではない。当日は地下レストランで結婚披露宴があり、廊下を歩くウェディングドレス姿が、一瞬花婿失踪事件を想起しましたが、重要文化財の公会堂で愛を誓うとはなんと素敵な旅立ちかと、内心で祝福した次第です。

 WEJの発送作業の後、開会です。

35周年記念仏滅会の案内が林庄宏氏からあり、次いで長谷川明子先生の発表「ホームズ物語の言語学的話題」。 長谷川先生はフルブライト留学生として渡米、英米文学と実践的な英語教育、特に児童英語教育を研究分野とされています。今回のテーマの第一は従来からの発表であるホームズ物語の中の比喩表現のひとつとしての「引喩」の紹介です。面白い2例として『アベ農園』からマレンゴとウォータールーのナポレオンの戦訓の引用、『独身の貴族』からの詩人ソローの「ミルクの中から鱒をさがす」という引用を示されました。

これらの引喩からはホームズのナポレオン観や、当時の一般家庭のミルクの食卓での消費状況等々、多様な研究テーマに発展させ、想像のふくらみが楽しめます。第二のテーマは分離不定詞です。推理小説界の大司教ノックス猊下の『ホームズ物語の考察(1912)』に、『帰還』以後のホームズの態度には以前と違って微妙な変化がある。依頼人に対して失礼な態度をとったり、分離不定詞の使用が出現したりしたとある。分離不定詞とは、toと動詞の原型の中に副詞が割って入るという文型で、最近の英字新聞には多様されているが、ビクトリア朝時代では眉をひそめられた表現で、日本の『ら抜き言葉』のようなものである。ノックス猊下によると『帰還』には3例の分離不定詞があるとされている。長谷川先生はそれを探そうと、ひと夏を費やし、何とか2例を発見された。『プライオリ学校』の to seriously suggestと『美しき自転車乗り』のto entirely avoidである。以上の報告に、参加者からはPCでテキストにtoで検索すれば1時間くらいでわかるのではという助言があり、長谷川先生はひと夏の苦心は何だったのかと落胆されましたが、先生の探究心の強さには一同ほとほと感服した次第です。

 ティー・ブレイクと参加者の近況報告ののちに川島昭夫京大名誉教授の「シャーロック・ホームズの『職業』とは何か」という発表です。「ホームズの職業は? 」「はい顧問(諮問)探偵です!」では身も蓋もありません。

顧問探偵はホームズ自身が世界で唯一といっており、他に例がないので他の職業との類比で判断するしかない。19世紀には中流階級が増大し新しい職業が現れた。その中でゼネラルプラクティスという医師や法律家の職種に注目する。さらに医業にも内科医・外科医・薬剤師という3つのランクがあった。ホームズがワトソンに「君はただの開業医(ゼネラル・プラクティス)にすぎない」といっている。では、当時最高位の医師はといえば、顧問医師(Consulting practice)という語が『バスカブィルの犬』に出てくる。臨床医師としての医療業務をせず、貴族・ジェントルマン階級に助言する医師である。

ホームズにとっては医師も探偵もプラクティスであり、それに対して自分はコンサルティング・プラクティス同様コンサルティング・ディテクティブであった。地主階級出身(ギリシャ語通訳)のホームズの自負心は、ただの職業探偵ではなく、コンサルティングという言葉に万感の思いがこもっていたというべきか。以上、膨大な聖典の引用をもとに論証されましたが、紙幅の都合で詳術できませんでした。川島・長谷川両先生の論考はいずれWEJなどに文章化されると思います。

さて、懇親会は大川先生ご推奨の老松町の、四川料理の店「長城」で、中島先生の乾杯のご発声で始まりました。同席の参加者同士がなんと高校の同級生だったと判明し、数十年ぶりの邂逅となったというハプニングなどもあり、豊かな満腹感とともに無事散会となりました。

 

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