5月の話題

新緑の軽井沢で追分フォーラム開く

 5月3日(祝)〜4日(祝)に第26回の追分フォーラムが、長野県軽井沢町の追分公民館で開催された。

 フォーラムの日程は、《最後の事件》で、ホームズがスイス・ライヘンバッハの滝壷に転落して死亡したと、伝記作家のワトソン医師が少なくとも3年間は信じ、「ホームズの命日」としていた5月3日を中心に設定されている。

 当時のロンドンの読者にとっては、 1893 年の『ストランドマガジン誌』でこれを知り、十年後に《空き家の冒険》でタネ明しをされるまでは、5月3日がホームズの命日であったのである。ホームズの誕生日と類推されている1月6日に、ロンドンホームズ協会が新年会を開催するのと好一対のイキな日程ではあるまいか。

 ホームズ像が、クラブ内に反対者がある中で建立した経過から、小林司さん、松下了平さん、平賀三郎さんが「年に1回はホームズ像の前でホームズ研究会を開こう」と相談してフオーラムは生まれた。

 本年の校長は群馬県の鈴木利男氏、教頭は大阪府の見吉時枝さん、内容は小林さんが当初目指した正当なホームズ学で、プログラムは次のとおり多彩で大変充実したものとなった。
1 あのホームズの古典は稀覯本です  鈴木利男

2 オーギュスト・デュパンとシャーロック・ホームズ  中尾真理

3 サマセット・モームとシャーロック・ホームズ  真下庄作

4 ホームズとワトスンの愉しんだウイスキーその2 見吉時枝

5 ホームズ時代のイギリス財政  佐々木一仁

6 ホームズ物語とアメリカ  パート2  長谷川明子

特記すべき事項も多い。松下さんが目指した「良く学び、良く遊ぶのが本来のシャーロキアン」の精神はなお健在である。

 その1は、3日の夜の補習授業である。昨年から2年連続でトライした見吉さんの研究成果を実践し、英国産のモルトウィスキー、グレンウイスキー、ブレンドウイスキーを8本持参し「ホームズブレンド」を調合して賞味したことである。

 その2は、恒例となったが、2日目の授業終了後、追分公民館にほどちかい「行列のできるそば屋さん」で地元の信州そばの昼食をとり、やはりほどちかい庚申塚公園で1年ぶりにホームズ像と対面したことである。その際に広島から参加の原田実氏がタキシード姿、原田賀久子さんがドレス姿でホームズ像の前で偉儀を正していたことである。

 その3は、追分で解散後、三三五五旧軽井沢に集合し、原田さんが有名な聖パウロ教会で銀婚式を挙げたのに参列したことである。その詳細は「談話室」の記事に譲るが、お二人は25年前の追分フォーラムの時に、ホームズ像前と聖パウロ教会で結婚式をあげた。ホームズ像の前で結婚式と銀婚式を挙げたシャーロキアンは世界広しと言えどもお人以外には居ないことと思われる。

戻る

inserted by FC2 system