4月の話題

ホームズの4月の事件

ワトソンが公表した60編のホームズが手がけた事件で、3月は3件だけであったが、英国にも陽光が戻って来た4月は、ベアリング=グールドによれば8件を数える。

 先ず《まだらの紐》である。年代学者によって諸説はあるが、ベアリング=グールドは、188346日(金)の事件と推定している。ワトソンは「1883年4月のはじめの事であった」と記している。ロンドンは寒く、ふるえているヘレン・ストーナーを暖炉のそばに座らせている。後にロイロットが火掻き棒を捻じ曲げた暖炉である。午後の汽車で出張すると、田舎はすばらしい日和で空に太陽が輝きわたり、木々には新緑の若芽が萌え出していた。日付は書かれていないが4月上旬で文中にあるとおりの上天気の日は6日だけえあったので割り出した日付である。より苦労性の人のために記すと正確にはこれはストーク・モーランに出張した日で、ヘレンの部屋に張り込んで沼毒蛇をたたきのめしたのは翌日未明である。常にベストテン入りする有名なこの事件は4月に発生したのである。

 次は《ライゲートの大地主》である。この事件は1887414日に、ホームズが極度の披露のために倒れたとの電報をワトソンが受取り、フランスのリヨンへ駆けつけた3日後にベーカー街に連れて帰っている。「田舎で春の一週間を過ごす」ため1週間後にライゲートで転地療養中のこと、426日に解決した事件である。病み上がりのホームズであったが、カニンガム親子に首を絞められて死にかけた事件でもある。

 4月の3番目の事件は《黄色い顔》である。全く日付の記録はなく、「早春のある日、ハイドパークに散歩に出かけエルムの木は緑の芽をふき出そうとするかすかなきざしが見え、栗の木のねばねばした槍の穂先のような新芽」を見ている風景描写から4月上旬、ベアリング=グールドは7日と推定している。年代学としては曖昧であるが、ホームズが「もし僕が自己の力を過信したり、努力を惜しんでいるように見えたら、耳許で“ノーベリ―”とささやいてくれたまえ」と言ったエピソードを持つ事件である。

 その次は《椈屋敷》。バイオレット・ハンター嬢がベーカー街へ相談に来たのは「うすら寒い早春の朝」「ベーカー街で赤々と燃える暖炉の日をはさんで座る」「濃い霧が黒ずんだ褐色の家並にたちこめている」「部屋のガス灯をともしている」といった描写がある。ベアリング=グールドは気象の記録から、188045日(金)の気温は3.2度まで下がったので、この日の事件と推定している。しかし多くの研究者は1890年の事件としているが、いずれにせよ春の事件である。その2週間後にウィンチェスターに出張したが、「うららかな春らしい日」と描写されている。ワトソンが車窓からの田園風景を賞でると、ホームズは散村は犯罪にもってこいだとの警句を発している。またホームズがハンター嬢にやさしい所から、自分が事件の依頼人であるメアリ・モースタンと結婚したように、ホームズがハンター嬢と結婚することを期待していたフシがある。

 5番目の4月の事件は《最後の事件》である。文中に日付が明記されており、4月24日に始まり、54日に終わったことは明らかである。ただし日程学的に見ると、ヴィクトリア駅を出発し、モリアティの追跡を避けてニューヘイブン経由で大陸に渡り、その日の内にブリュッセルに着いたとか、ローヌ渓谷を1週間歩きまわって楽しんだとか、辻褄が合わない部分がるが、ライヘンバッハの滝頭でのモリアティとの格闘など超有名な事件も4月に発生した。

 《最後の事件》と対となる《空き家の母権》も4月の事件である。アディア卿が殺害されたのは1894330日、当時フランスに居たホームズがロンドンに戻り、ベーカー街の部屋に人形をセットするなど準備を整えている。日付は記されていないが、大空白時代として18915月から18944月までの3年間を示す記述がある。「寒々とした荒れ模様の晩で風がひゅうひゅうと吹き抜けていた」との記述があり、また気象データーを調べて、4月上旬でこの記述に合う日は気温が2.6度まで下がった45日(木)と推定されている。狙撃のため忍んで来たモラン大佐を逮捕して、十二夜のセリフを口にして自己の誕生日のヒントを与え、ドイツ人の盲目の技術者が作った特殊な空気銃を押収している。この空気樹はどこに保存されているだろうか。この事件も話題は多い。

 4月の7番目の事件は《二人の学生》である。1895年の事件とされているが、月日の記録はない。手袋や外套の記述があることとたそがれ時の時刻から、学期の切り替え時期の45日と推定している。この辺りは文学的判断で年代学はなかなか難しい。

 8番目は《美しき自転車乗り》である。1895423日(土)にバイオレット・スミス嬢がベーカー街へ相談にやって来たのはこの日と明記されているが、これはワトソンの思い違い、実は火曜である。スミス嬢は毎週土曜日にファーナムからロンドンに帰り、月曜日にファーナムに向っている。この時も土曜日にロンドンに帰ったその足でホームズを訪ねている。月曜の朝現地を訪れたワトソンは、ハリエニシダが黄金色の花をつけ明るい春の日差しの中で輝いていたと描写しており、ベアリング=グールドは天候が合致する土曜日として413日(土)と推定している。年代学はなかなか難しいが、ワトソンまでが年代学者を迷わせる。記述をしてもらって困るというべきである。

 いずれにせよ、4月の事件は豊作で大事件、有名事件が多い。

 

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