9月の話題

《ホームズ 最後の挨拶》から103年

 

 第60番目の事件簿《ホームズ 最後の挨拶》が完結したのは1914年8月2日である。ちょうど103年前の夏の日である。

 この事件は、第一次世界大戦前夜の話である。その2年前から、サセックスダウンズで隠遁生活を送っていたホームズの所へ、首相や外相が訪れて、英国の軍事機密がドイツに流出しているという国家的事件を依頼される。それを摘発するために、アルタモントの変名で、反英のスパイ組織に潜り込みハーリッジの港を見渡す海岸の丘の上の邸宅に住むドイツ人スパイ、フォン・ボルクの手下となって二重スパイを働いていた。この日も「浅瀬」「港湾防備」「航空機」「アイルランド」「エジプト」「ポーツマス要塞」「英仏海峡」「ロサイス」など約20件の提供した機密がボルクの金庫の中に詰まっていた。さらにアルタモントが「点火プラグ」の符牒で呼ぶ海軍の暗号書を持ってやって来ることになっていた。ただし、このアルタモントが提供した機密はすべてまがいもの、ドイツ軍の手に渡っても役に立つことはなかっただろう。かえって浅瀬の情報を信じて艦船を進めると座礁するのがオチであった。

 ホームズは、愛国心からこの大物ドイツ人スパイを逮捕したのであるが、対立関係にあったドイツとの、大戦前夜の虚々実々のスパイ活動の一端をホームズが担ったのである。

 呼び出したワトソンとホームズは、北海を臨む崖の上にあるボルク邸の庭に立って「東の風になるね」と語り合う。

 すでに7月28日に第一次大戦が始まり、英国は2日後の8月4日にドイツに宣戦を布告して参戦した。

 スパイ活動を通じて国際情勢にも通じていたホームズにとって、東の風は英国に吹きつける寒い風を示すものであるが、善良なる一市民のワトソンは「そんなことはなかろう。ひどく暖かいもの」と応じる。しかし現実には国際的・軍事的にかなり風雲急を告げており、英国は第一次大戦の苦しい日々を迎えることになったのである。

 ひるがえって現在の我が国は、核兵器を大量に所有する大国に囲まれ、その上新しく核兵器を開発した国からはミサイルが飛んで来たり、地下核実験が行われたとのニュースが流れて来る。

 ホームズは、フォン・ボルクを逮捕してロンドンに連行し、翌8月3日にロンドンのクラリッジホテルで、ボルク邸に住みこませていたマーサから詳しい話を聞いた後、人々の前から姿を消した。二重スパイを働いた以上は、ベーカー街に戻ったりサセックスダウンズに戻っていては、うらみを持つドイツのスパイに狙われるのがオチである。どこか人知れず温暖な地に身を隠したことであろう。いま健全ならば160歳、これから英国や日本に東の風か北の風か、どんな風が吹くか吹かないのか、探し出して尋ねてみたいものである。

  

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