11月の話題

 「シャーロック・ホームズ紀要通巻25号発行」

 

 『シャーロック・ホームズ紀要』第23巻1号が12月1日付で発行される。通巻としては第25号

となる。「シャーロック・ホームズ研究委員会」も29年目を迎えたが、多角的なものの見方はずっ

と引き継がれてきている。

今回は8編の研究成果が掲載されている。少し内容をご紹介しよう。

最初は中尾真理さんの「《四つの署名》とインド」である。《四つの署名》に限らず、インド自体

ホームズ物語とは切っても切れない関係にあると言えるが、現地語のハードルなどもあり、これまで

のホームズ関係の研究書でも充実しているとは言い難いのが実情である。著者は東インド会社の軍隊

組織などから《四つの署名》の背景に丁寧に迫る。特にアンダマン諸島の姿についてはこれまでにな

い情報が含まれている。

篠田典子さんの「初期アガサ・クリスティとホームズ」は、クリスティがどのようにホームズ物語

から影響を受けていたかを、『ビッグ4』をテキストに解析した論考。ホームズファンとしては我々

の大先輩にあたるクリスティの、「プロの作家」になる以前の修行時代とも呼べる期間の作品を再定

義し、分析する試みである。さらに副次的問題として、ポワロとホームズの年齢という、困難な問題

にも挑戦されている。

佐々木一仁さんの「《赤毛連盟》再考〜質屋の裏の銀行になぜナポレオン金貨が眠っていたのか?」

は、そもそも犯行の舞台となった銀行になぜこのような金貨があったのかという疑問について、なぜ

おかしいか、具体例を挙げて解説している。さらに、当時の金融情勢も考慮した、銀行家ならではの

視点から述べられる理由は大変説得力に満ちており、物語の背景を探る研究としてお手本となるので

はないだろうか。

眞下庄作さんの「サマセット・モームとシャーロック・ホームズ」は、『月と六ペンス』などで知られるモームとホームズの接点についての報告である。モームが実は諜報活動をしていたことが明らかにされたのは、ほんのここ10年くらいのことだったが、著者はそうしたことも下敷きにモームの著作を可能な限り把握することに努めている。ポー・ドイル・モーム・クイーンと流れる文学の潮流を見るのは新鮮である。

長谷川明子さんの「ホームズ物語とアメリカ(その2)」は、2016年に投稿された論文の姉妹版ともいうべきもの。前回は《オレンジの種五つ》と《黄色い顔》をテキストとした、人種差別問題が主なテーマとなっていたが、本論は《踊る人形》と《赤い輪》を取り上げ、移民と犯罪集団との関係について考察している。現在のアメリカの時事問題にも関わる問題だが、前回と合わせ、正典の副読本にもしたい内容である。

太田隆さんの「聖典とは何か(その2)」は、昨年に引き続いて根源的問いを投げかけるもの。前回

はホームズ物語で一貫して述べられる「科学的手法」を底流とした文学論となっていたが、今回は漱石の『文学論』と、漱石の講義を学生がまとめた「英文学形式論」に基づいて新たな展開を見せている。

聖典に限らず、西洋文学を読む際の共通かつ根本的な問題―文化受容の過程に生じる問題を論じている。

筆者の「《銀星号事件》の真相を追って」は、これまで様々なシャーロッキアーナの対象になってき

た《銀星号事件》の背景に迫った論考。ホームズたちが乗った列車が「プルマン・カー」だったことを手掛かりに、鉄道史・競馬史・郷土史・植物学など様々な方法で解析した結果、意外な事実が浮かび上がってきたことを報告した。ベアリング=グールド説だけに頼らない、独自の研究を心がけたものである。

最後は平賀三郎さんの「モリアティ教授の死体を追って」。《最後の事件》中最大の謎である、モリ

アティ教授の行方についての論考である。詳細な地図を使った地理学と、実際に現地を訪れた実地調

えて、読者にとっては恐るべき、ある結論に至る。どのような結論かは・・・本編をご覧いただきたい。

いずれも従来の我が国でのホームズ研究を越えた斬新な研究、興味のある方は関西支部・西筑摩書房

までお問い合わせを。頒価 1500円。

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