4月の話題

 

 「智恵子は東京に空が無いといふ / ほんとの空が見たいといふ。」 高村光太郎は書いた。物理学者は、東京にもちゃんと空はある」と反論するだろうし、気象学者は「スモッグや粉塵、排気ガス、黄砂などで見通しはやや悪くなっている」と解説するだろう。智恵子の感性を光太郎の文学的表現がこの名文句を生んだが、智恵子が東京や大阪の高層ビルやタワーマンションの隙間から辛うじてのぞいている空を見たら何と言うだろう。理科的に解説するのはた易いが、これを文学的に表現するのは、能力も才能も光太郎ほどではない者にはなかなか困難である。

 咲き誇る桜、青空を背景に見あげるのが一番美しい。六甲山に登って、明石大橋からちぬの海、関西空谷と離着陸する飛行機をみはらかすのは絶景であるが、やはり青空の下が美しい。

 名探偵ホームズは、おそらく1877年から1903年まで、おおよそ26年間を不健康な、ロンドンの空の下で暮らした。しかし青い空、高い空にはずっとあこがれていたと見え、例えば《白銀号事件》ロンドンからダートムーアに調査のためやって来て、滞在数時間でロンドンへ引き返すといい「おかげてダートムアの美しい空気をしばらく呼吸させていただきました」と述べている。《美しき自転車乗り》で、「前夜の雨がなごりなく晴れて、ハリエニシダのそそここに群れ咲くヒースの原の田園風景は、ロンドンの焦げ茶色と淡褐色と石板色の単調さになれた眼には、ひとしお美しいものであった。

わたしはホームズとともに浅野新鮮な吸気を心ゆくまで吸い込みながら、小鳥の音楽に興じ、春のかぐわしい微風をたのしみつつ、砂まじりの幅広い田舎路をあるいていった」ともある。

 智恵子にとっての福島の空は、ホームズにとってはサセックスダウンズの空となって実現した。片や山を眺め、片や英仏海峡を見渡す自然に恵まれつつ。

 

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